7日目
後から振り返ると、7.8日目が本格的な峠だったのかもしれない。
朝5時過ぎ、39.2度の熱があった。喉は激痛で、身体はフラフラだった。
手に届く範囲にゼリーがあったので手を伸ばし、なんとか流し込む。
(ちなみに、極限状態ではウェダーinよりos-1ゼリーのほうが喉の負担が少なく飲める気がした。)
アセトアミノフェン配合の解熱鎮痛剤を飲み、後は知人から送ってもらった桔梗湯という喉の痛みを和らげる漢方を飲んだ。その他トローチなどを舐めていたが、ウイルスが強いのか喉の痛みはおさまらない。
ただ、全くの無意味というわけではなかった。
先日から薬が切れていたので、朝9時過ぎに薬局に電話をする。
やっと三連休が終わったので色々と電話が繋がるはずだと、安心感を覚えた。
11時頃に、薬局から折り返しがあり、最初の薬に加えて抗生剤も追加すると言われた。
「16時頃にポストに入れます。外出ですがやむを得ないので、マスクをして取りに来てください。」と言われた。
12時半、熱は39.0度。
熱が続く。
平熱が恋しい。それどころか38度台でもいいから下がってほしかった。
14時頃、身体に限界が来て救急車を呼ぶ。
しきりにサイレンが鳴っているので、「自分のためにまた呼んでもいいのか」呼ぶのは憚れたが、もうダメだと思い119に電話する。
この時の感覚としては、全身の力がスルスルと抜けていって、身体がいうことを効かないというところだ。
罹患してからも初めての感覚で直感的に「危ない」と感じた。
息苦しく、震えながら床に倒れ込むしかなかった。
前回呼んだ時は、「窓を開けて換気していてください」と言われていたので、それだけはしておいて到着を待っていた。
遠くから来て頂けるとのことだったので少々時間はかかるとのことだったが、絶対に家に行くと言われた。
14時40分頃に救急車が来たと思う。
部屋に来てくれたのは前回と同じく、2人だった。
まず私の部屋が暑いらしく「エアコンついてますか? エアコンの温度を下げてもいいですか?」と聞かれる。
寒気があったこともあり、何度に設定すれば良いか分からず、それまで29~30度に設定していた。
「血圧144 82、酸素94〜96、心拍数130〜、肺の音は異常なし」だった。
この時の状況を救急隊員から聞いた。
内容は以下のようなことだ。↓
・貴方のために病院を探すことはできるが、見つかる保証はない、その間にも貴方の体力はすり減っていく。
・下手に病院を探し回るよりも、自宅で休んでいるほうがあなたにとって最善という可能性もある。
・また、病院に行っても殆どの人が帰れと言われ、酸素も貰えなければ点滴も打てない。基本は何もしてもらえない。
・そして帰りはこの炎天下の中(当時は猛暑日)、病院から家までの数km、徒歩しか許されない。
一人暮らしで迎えに来てくれる人もいないとなると、陽性のため交通機関もタクシーも使えない。
救急隊員に、病院の空きリストが記載された画面を見せてもらったが、ほとんど「空き0」と表示されており、空きが1つだけあっても、とても遠くのところばかりだった。
「このような現状ですが、病院を探しますか..?」と聞かれた。
「いいえ、自宅療養します…」と答えるより他なく、
「それでは、前に呼んだ時にも書いてもらったと思いますが、自宅療養の署名をお願いします。」と言われて、
「自宅療養します」と記載された紙を渡され、署名をした。
細かいところは見ていなかったが、真ん中に自分の名前を書くところがあった。
救急隊員は終始、不甲斐ない、申し訳ない。と深く悔やむような態度だった。
「何もできずに本当に申し訳ないです。 本当に辛かったら、また遠慮なく119番を呼んでください。」と言われ、
隊員は自宅を後にした。