突然だが、昨今よく言われる〝教養〟とは何だろうか。
多くの人が思う。そんなもの、言葉が漠然としすぎていてわからない。
私もわからない。
だが今回は面白い語彙を見つけたので、紹介させて頂く。
実は英語では「教養のある」はcultivated(耕された)が使われることがある。
〝耕す〟と言われて思いつくの畑などの大地だと思う。大地は、そのままだと豊かにはならない。
主体によって能動的に耕されることで豊穣さを獲得する。
つまり、ただ単にインプットを増やす「だけ」の行為では、知識は〝教養〟へと育たない。
〝インプットデータ〟が堆く降り積もるだけだ。インプットされた時点では、知識はほぼモノトーンだ。教養はその人の〝色〟が付いている。
教養にcultivatedを当てた英語の視点は素晴らしい。
取り入れた知識は自分なりに思考(耕すこと)をされねばならない。
それにより、インプットの忘却も低減されるし、能動的な解釈や推論により〝自分にしかない知識体系〟を構築することができる。
それこそ知性であり教養である。