夏目漱石の早すぎる「監視社会」の射程-『草枕』とフーコー

今回は、夏目漱石と、哲学者ミシェル・フーコーの視座の共通点についてです。

昨今でも、現代社会を捉えるにあたってフーコーの監視社会(『監獄の誕生)』)の視点はしばしば用いられています。

フーコーの監視社会は「現代社会は、不可視の中央集権的な〝塔〟が360°を見回して監視しているのだ」と言った主旨です。

パノプティコンとも言われています。

(出典:https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/9821/2/)

上図のようなイメージです。

最近の簡単な例で言うと、コロナウイルス流行社会において「マスクをしないと、マズイのではないか…」という心理が、(不可視の秩序の力により)集合的に浸透しています。

もちろんこれが悪いことという訳ではなく、「人は見えない対象に心理的な影響を受けている」というところが論点です。

多くの人は、もしマスクをせずに外に出かけてしまったら「うわっ..マスク忘れたよ.. マズいな〜..」という、具体的な誰かに監視されているでもないのに、「謎の罪悪感」を抱くように、社会は半ば自動的に作られています。フーコーはこれを指摘し監視社会を「檻」に喩えました。

マスクの件は一例ですが、昨今はとても社会的な〝決まり〟は多いです。ルールによって拘束しないとカオスになってしまうからです。特に人口密度の高い社会では。

フーコーはこれくらいで一旦置いておいて、次は夏目漱石の『草枕』という作品の一節を参照します。

まず作品の内容を簡単にまとめると

俗世にて辟易気味の主人公が、自然な美を求めて〝非人情(人間関係の煩わしさがない)〟の旅をする小説です。

早速、

私が〝監視社会〟的なものを感じたのは後半の↓の一節です。

「文明は個人に自由を与えて虎の如く猛(たけ)からしめたる後、これを檻穽(かんせい)の内に投げ込んで、天下の平和を維持しつつある。この平和は真の平和ではない。」

↓(続く)

「動物園の虎が見物人を睨めて、寝転んでいると同様な平和である。

檻の鉄棒が一本でも抜けたら

______世は滅茶苦茶になる。」

いかがでしょうか。

ここでは、

   人間:自由に動き回る虎

    檻: 秩序化、体系化された社会

– 檻の鉄棒:一つ一つの法律、規則(コード)

というアナロジーが為されています。

(まるでフーコーのパノプティコンそのものです。)

つまり言い換えると、

「人間は自由に動き回る動物のように、自分で自分のことを選択できるようになった。と見せかけて、実は堅牢な檻の中に閉鎖されている。 もし人々が厳しく細かい規則を破れば、もはや社会はめちゃくちゃになるだろう。(果たしてこれを自由といっていいのだろうか!)」ということを主張しています。

さて、このフーコーの『監獄の誕生』の初版は1975年です。

それに対して夏目漱石の『草枕』の発表は1906年です。

(1.両者がいつ頃からこれを捉えていたか

2.漱石は一節で述べただけで、フーコーは1つの思想として構造化させたので、出版までの労力の程度が全く異なる

↑1.2などは気になりますが、それはさておき、)

漱石の洞察は鋭かったと言えるでしょう。

この漱石の慧眼は、やはり彼の生きた背景にも由来すると思います。

彼は留学し、近代化の〝最前線〟を骨に徹するまで実感しました。

その急進的な文明化の黎明に対峙し、漱石は強い疎外感を感じ、気を病んでしまって帰国したとも言われています。

〝鉄道〟にも強い嫌悪感を感じたそうです。

そのショッキングな留学経験は『草枕』でも如実に現れており、鉄道を〝文明の長蛇〟と評したり、〝(無慈悲に発車する)未練のない列車〟と表現したりもしており、文明化に露骨とも言える嫌悪感を示しています。

フーコーが文明化に嫌悪感を示していたかは分かりませんが、漱石、フーコー両者共に、文明化していく社会から「どこか檻のようなものを感じ取ったということは確かです。

なんだか、高度に文明化された現代社会に生きている私たちとっても非常に考えさせられる捉え方ではないでしょうか。

直接的には全く交わらない二者が、近似する視座を持っていたということは、どこか不思議だなとも思えますが、ここまで高度化された経済社会では必然的な視点だったのかも知れません。

『草枕』も『監獄の誕生』も「現代社会に通じるところがある」と言われ、現在に至るまで多くの人々に読まれていますが、こうした「高度に発展した社会だからこそ感じる、逆説的な疎外感」が深く根差す作品だからなんだろうなと思いました。

哲学的な監視社会も、草枕が描く生きづらさも、「真に生きやすい社会とは何か」を根源的に問うような作品だと思います。

作品としても普遍性を感じられて美しいので、是非ご一読ください。

fin.

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